『中身が無い』という決まり文句

たまにはイラストじゃない記事も。

最近のアニメ評、特に『らき☆すた』や『けいおん!』などに代表される日常系のアニメに多いのが「中身が無い」という常套句。
僕はこの言葉を見るたびに「『中身が無い』ってどういうこと?」と首を傾げてしまうのです。

たとえば、30分ずーっと砂嵐やカラーバーを放映しているだけなら「中身が無い」と言われるのも頷けます。でもアニメにはそれなりにストーリーやキャラのかけあいがあるわけです。それが中身・内容だと僕は考えてるんですけど、それが「ある」のに「ない」というのは一体どういうことなんでしょうか?

『らき☆すた』を例に挙げると、アニメ『らき☆すた』の第一話Aパートっていうのは「女の子たちが数人集まってお菓子やら焼肉やらの食べ方についてそれぞれの流儀やルールなどを語り合う」といった内容なんですが、つまりこれが「中身」なわけです。
『けいおん!』も同じで、簡単に第一話のあらすじを述べると「高校に入学するまでコレといった趣味や部活動を行ってこなかった平沢唯という女の子が、何の気なしに訪れた軽音楽部で一度は入部を拒否するものの、軽音楽部メンバーが自分というたった一人の観客のために(あまり上手くはないけれど)一生懸命弾いてくれた演奏に心打たれて入部する」というものです。コレ、れっきとした中身およびストーリーだと思うんですが、それを見て「中身が無い」と判断する感覚がどうも分からないのです。
仮に「つまらない」というんだったら分かります。共感できるかどうかはともかく、理解はできます。「つまらない」んだったらしょうがないです。それは個々の感覚ですから。でも「中身が無い」というのは理解すら困難。
中身、あるじゃん!放映中ずっと寝てたのか?と言いたくなります。

んで、これは予想なんですが、たぶん「中身が無い」という決まり文句を使いたがる人たちはきっと「起承転結が無い」とか「展開に起伏が無い」ということを言いたいんじゃないかなあ、ってことです。
先ほど例で挙げた『らき☆すた』のAパート、起承転結や展開の起伏ということならば確かに「乏しい」と言わざるを得ません。日常のワンシーンを切り取った一部分を眺めてるだけですからね。女の子たちがまったりとくっちゃべってるのを見せられたら、そりゃまあ「単調」と感じるのも理解できます(いちおう言っておくと、『らき☆すた』は全編通してダラダラしゃべってるだけのアニメではないです。念のため)。
でも、「展開が単調」なことと「中身が無い」ことは決してイコールではないんですよ。誰かからプレゼントをもらったとして、「箱の中にあった物が自分には気に入らなかった」っていうのと「箱の中には何も入っていなかった」っていうのとはまるで別問題じゃないですか。そこらへん、正しく使い分けたほうがいいと僕は考えるわけです。

もうひとつ困ったことに、最近って「とりあえず否定したら通っぽくてカッコイイ!」みたいな風潮があるんですよね。んで、否定しやすい材料として「まったり日常系アニメ」というのがあって、それらに共通して使える"曖昧にして抽象的なのに批評家っぽく聞こえる常套句"が『中身が無い』という決まり文句なのでしょう。

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『中身が無い』=『俺には面白く無かった。』

でしょうね。

長文失礼

らき☆すたについて「中身が無い」として否定的な人は、ギャグマンガとかも「世情の風刺や皮肉がなければ存在価値は無い」とか言い張るつもりなんでしょうかね。

私自身「らき☆すた」は「中身が無い」理論を振りかざしてる人間です。ストーリーもキャラの動きも、結局「目に見え、耳で聞こえる外面」に過ぎない、という立ち位置で、ではその表現から製作者は何を訴えたいのか(どういうスタンスで描いているのか)、という部分を「中身」として捉えると、「らき☆すた」はものの見事にすっからかんです。
「ぱにぽに」とかもたいがいですが、アレにはまだ「面白ければいいじゃん、理不尽とかも楽しいじゃん」という作者のスタンスが見えて、それなりに「中身の手ごたえ」があるんです。
が、「らき☆すた」(の原作)は本当に何も無いんです。(あえて言うなら、「こういうことあるよね」か?)よって、そういう手ごたえの空虚さに不快感を感じるのはまあ、仕方ないのかもしれません。
ただ、「らき☆すた」は作者の力量というより、掲載スタイルに因るという部分が大きいと思います。(最近流行のストーリー四コマではないので、作品雰囲気を「締めなおす」ということが無い、とか)
つまり、「見方間違ってるよ」って事です。ストーリー4コマの隆盛で、「単発4コマ的な見方」を忘れた・知らないのかも。
サザエさんとかもわりと中身無いですよね。これと同じだと思います。「らき☆すた」は外面が強調されすぎている分、より中身の空虚さが強調されたりしているのかなぁ。

中身がないって聞くとイラッとしますね。
言ってる奴に対して。
取りようによって意味も変わるし攻撃的だし。
ファンの気持ちになって言葉を選んで言えと言いたい。

おっしゃってるように 中身が無い=単調でつまらない だと思いますけどね。
突き詰めると色んな解釈ができるんでしょうが、ふつうに言いたいことが伝わる言い回しですし、使い分ける必要もないと思いますが。
言い回しがむかつくからといって曲解して持論を広げるのもどうかと。

曲解じゃなくて額面どおり受けとったんだろ。
ニュアンスが伝わっても、物事の経過点が異なれば、それは別の意味をもつから、使い分ける必要は十分ある。

えーと、一番言いたいのはファンの前で攻撃的な言葉を使った批判はやめろってとこなんすけど。
で内容がないって批評はファンにとって攻撃的に感じる。
単調でつまらないって批評なら攻撃的でないかな。
「内容がない≠単調でつまらない」つーこと

中身が無い=メッセージ性がない
かと思います。
メッセージが無い≠つまらない
とは思いますが。
要するにだらだら日常系アニメが肌に合わない人が使う言葉だと思います。
攻撃的がどうのこうのって言ってますが、使ってる側はモロに攻撃してるつもりですよ。
「こんな萌え要素だけで中身が無いアニメみて何が楽しいの?」って。

>最近って「とりあえず否定したら通っぽくてカッコイイ!」みたいな風潮があるんですよね

これ批判された作品の信者が使う常套句でしょ

これ批判された作品の信者が使う常套句でしょ>

こういう言葉こそ、真に中身がないって事だろうな。
反射的な安い言葉で切り返せばいいってもんじゃないぞ。

私も中身がないというのはメッセージ性がないということだと思います。
漫画やアニメとは本来読者、視聴者になにかを伝えるものだと考えています。そしてその伝えたいことをスムーズに伝えるために[面白い]と思わせるのだと思います。例えるならうまい飯と不味い飯、どちらを作ってくれた人の話をより真面目に聞きますか、という話だと思います。この設定が被ってる、この展開どっかでみたぞ、などが不味い飯を作っているということです。そしてせっかく凄くうまい飯を作っても(面白いと思わせても)伝えるべきメッセージがな無ければそれは中身がないと私は思ってしまいます。(私はらきすたなどを見たことがありませんが)せっかく面白いと思わせたのにメッセージが無くて勿体無い、これは最近漫画やアニメを見ていて一番思ってしまいまうことです。
それでは長文、乱文失礼しました。

>こういう言葉こそ、真に中身がないって事だろうな。
反射的な安い言葉で切り返せばいいってもんじゃないぞ

そっくりそのままお返ししますよ。

僕は「中身」が何だったのかを考えるのは受け取った側の仕事だと思っています。すぐに「中身がない」と言ってしまう人は何も考えたくない人なのではないでしょうか。

ちょっと言い方が悪く、攻撃的な表現になってしまいますが
「中身が無い」と言っている人に私が聞きたいのは
アニメならアニメ、漫画なら漫画、ゲームならゲームとして、
「あなたはそれに何を求めているんですか?」って事だな

ストーリー性や現実性を求めている等それぞれの主張があって
「それらが無い=中身が無い」って言うのなら理解できるが
今普通に使われてる「中身が無い」は
ただ単に自分が受け付けられない物を「中身が無い」と決め付けて貶したいだけ
って気持ちがあからさまに現れてる気がするんだよなぁ

中身の意味は本人に聞くしかないです

>「中身が無い」と言っている人に私が聞きたいのは
>アニメならアニメ、漫画なら漫画、ゲームならゲームとして、
>「あなたはそれに何を求めているのですか?」って事だな

「中身が無い」という人が何を求めているかなんて、
「中身」に決まっているじゃないですか。

「じゃあ、中身とは何?」と言う話になりますが、
それは発言した人に直接聞くしかないです。
「中身は無いとは具体的にどういうことを言うのですか?」と。

「中身が無い」と発言した人に代わって、
あなたが「中身」の意味を考えてあげる必要はどこにもないし、
又、発言を理解してあげる必要もありません。

具体的な回答があればそこから議論を膨らませていけばよいでしょう。
具体的な回答がなければ放っておけばよいのです。

エロ漫画読んで
感動できないとか、泣けないとか
言ってるようなもん

俺は中身とか関係ない。
面白ければ見る。以上。

そっくりそのままお返ししますよ。>

本当に芸のないガキだよな。
常套句って言葉を好むのはお前さんが脳髄反射野郎だからじゃねえかって事だよ。

ま、自分は面白さを見出せないのを中身がないって言ってるんでしょ。おしつけがましいメッセージは興醒めするタイプなのでそういうタイプの人とは仲良くなれなさそうだ。なんか教養物をありがたがってそれこそ中身がからっぽな人とかいるよね、今回のとは関係ないけど。

萌えれりゃいいや・・・(ダメ人間)

何も考えずに中身が無いという奴は「自分の感想を世間の評価と勘違いしてる間抜け」と言える
だがマジで中身が無いというか、ガチでオナニーの見せ付けでしかないのもあるから、この言葉を単純に否定する事は出来ない

まあ中身が無いを頭ごなしに否定するのは何も考えずに中身が無いと言ってる奴と同類なのは間違いない
一つの事で全否定するのは妄信と同じ、とはよく言ったもの

オタク連中って同じ類の事を
テレビや報道やリア充とやらに言ってるよな。
小説の「人間が書けてない」と同様で理解出来ない、
気に食わない物を排除したい物なんだろう。
頭でっかちばかり。セックスしろ、セックス。

 色々意見が出ていますが、もう少し具体的な話をすれば、起承転結の起伏が少なくて単調な作品が…と言うよりも、ストーリー中に達成すべき「目標」が見えない作品が「中身がない」と評され易い気がしますね。
 どんなに支離滅裂な作品でも、作中で克服すべき障害が明確に提示されていれば、不思議と聞こえて来ない意見だと思います。やはり目標がなく、だらだらと雑事をこなしている作品が「中身がない」と悪態をつかれやすいのではないでしょうか。
 でも、仰る通りそうした取りとめのない交流が「中身がない作品」とやらの「中身」だと思うのですよ。

 ただ、「けいおん!」に関しては最終的な目標は見えないまでも、一話単位では、些細ながらもちゃんとした目標が設定されていて(入部を決意する&勧誘を成功させる、ギターを手に入れるなど)、それを達成するまでの起承転結もまた明確です。友達と部活動を楽しむ(青春を楽しむ)という一点でメッセージ性もありますし、どちらにしろ「中身がない」と評される作品ではないようにも考えます。

 しかし、こういう「中身がない」議論って、大抵は「中身」の定義が定まらないまま、進行しますから、本当に不毛な罵り合いにしかなりませんよね。
 そういう論を取られる方を相手にされるなら、一度、中身とはなんであるかを質問されるなりして、明確に定めたあとに議論される方が多少は建設的だと思います。

>何も考えずに中身が無いという奴は「自分の感想を世間の評価と勘違いしてる間抜け」と言える

何も考えない人は、それだけで間抜けですね。

>だがマジで中身が無いというか、ガチでオナニーの見せ付けでしかないのもあるから、この言葉を単純に否定する事は出来ない

そんなのは当たり前です。中身がない作品がこの世にないなんて、それこそありえません。
で、そのありえないことを反証に使う時点で、あなたの程度も知れますよ。

>まあ中身が無いを頭ごなしに否定するのは何も考えずに中身が無いと言ってる奴と同類なのは間違いない

中身がない=否定ではありません。
あなたが勝手に中身がないことを否定の意味と捕らえているだけです。

>一つの事で全否定するのは妄信と同じ、とはよく言ったもの

こういうことを言うのなら、せめて一つ以上の根拠を書き込んでからいいましょう。オウム返しになりますけど、あなたの書き込みには根拠らしいものないです。ようするに一つ事実も見出せてないわけで、そういうレベルの人間が、この書き込みをするのは失笑もんです。

中身がないと言われて、カチンとくるのは、それを楽しんでいる人たちが、その言質同様に「中身がない」と言われてるような錯覚を起こすため。
むろん、これは錯覚なのではなく、事実なんですが。らきすたAパートの焼肉談義を楽しめる人ってのは、よく道端で行われる「母親連中の夕食の献立談議」を見て、何か思うことはないんですかね?
私の母は、この談議を嫌っていて、無意味と一蹴していました。世間では焼肉の食い方をわざわざ、人生の貴重な時間を使ってまで聞きたいと思う人は少ないことを自覚して、かつ、美少女じゃなかったら、はたして「らき★すた」をあなたは見ていたのか、知っていたのかを自問してください。それがこの問題の答えです。

すでに何人かが発言してますが、私も
「中身がない」というのは「メッセージがない」のとほぼ同義だと思います。

物語は「物」を「語」ると書くとおり、何かについて論じることが大前提です。
この場合の論じるというのは何も大演説という事ではないです。
「悪いことをしてはいけないよ」とか「友情は大切だね」といった簡素な物から
「なぜかくも人は争うのか?」とか「本当の愛とは何か」といった複雑な物まで多種多様です。
つまりテーマ、主題ですね。

物語には
1、「いつ、どこで、だれが、なにを、どのようにして(いわゆる5W1H、あらすじ)」
2、「そのストーリーを通して何を描き」
3、「結論として何が言いたいのか」
が必要になります。
これは物語の体を成す以上必須と言っていいでしょう。
ことに重要だとされるのは主題となる2ないしは3であり、1はそのためのお膳立てに過ぎません。
(1がしっかりしていないと2、3は成り立たないので重要ですが)

結果これらの要素が満ちていない、特に2、ないし3が欠けている、
もしくは1しかない(らきすたやけいおんはこれに当たります)作品が
「中身がない」と評されることになるのだと私は考えます。

>私の母は
お前のママがどうとか関係なくね?いちいちママを持ち出さないと語れないの?
お前のママは「世間話」ってのを一切しない人間なんだね。多分お前んちでは必要な事以外の会話は一切ないんだろうね。だって無意味だから。
あ、だからお前は名前どおりのパラノイア野郎なんだなwキモす

娯楽の意味なんてそれこそ、面白いか面白くないかな気がするけどね。
なんかこう日常は低俗なものとでもいいたげな文章が見受けられる。一時期、日常は高尚ものですよ、と持て囃さてたのも問題だとは思ったがいちいち価値観なり優劣をつけないと物事を理解できないのだろうか。
ところで主題って定義はどこからどこまでなんだ。なんか、「俺様の許容する主題はここまでだ、それ未満は認めない」としか読めない。
あと、作品の題材にテーマを沿える場合はある程度見たことあるけどメッセージをメインに据えたものはとんと記憶にありませんが例示してくれないでしょうか?
また、同様に知的好奇心を満たすのが目的になってしまう作品はすべて中身がないということになってしまいますが、そうお考えでしょうか?
あ、娯楽を教養として楽しんでおられる方がいるのなら自分の意見は愚にもつきませんね、その場合は駄文を読ませてしまったことをお詫びします。

批判も称賛もどういう言葉を使っても度を超えてなければ、場をわきまえていれば好きにしていいとは思う。
作品を批判するのは「俺には合わなかった」ってことと「面白いって言ってる人の価値観が知りたい」ってのもある。俺はそういう人の意見も聞くことにしてるけど。
>最近って「とりあえず否定したら通っぽくてカッコイイ!」みたいな風潮があるんですよね
これについてはあまりひとくくりにしてほしくないなあ。そうでない人が嫌な思いをしそうだ。否定する人って周りで流行ってるけど自分には面白さがわからない、でも周りがしきりに勧めてくるっていうストレスとかついていけないイライラから愚痴みたいな意味で批判するんだと思う。少なくともそういう人もいるはず。
でも最初に言っちゃったようにここでは管理人の好きなように書くべきだな。どういうコメントがついても自己責任だけどさ。
あと風潮っていうか反対意見にとりあえず噛みつくって流れがいやだな。思いとか自分の意見を語ってくれればいいのに。そうすれば反対意見でも考えの参考になるしさ。

そういう人はまず掲示板なりブログなりを見るのを止めるべきだと思う。ストレス発散のために批判するってのは免罪符にはならないでしょうに。
自分の明確な考えをもって反対するのならばそれは意味のある意見でしょうが、ストレス発散のための批判なんかはそれこそ中身がない。
あと、そんなストレス抱えた人が自分に同調してない意見を素直に意見として見れるほど余裕があるとは自分は思えません。

ブリーチ読めば一発で分かると思うな。中身がないの意味

中身が「無い」っていうか「薄っぺらい」作品なら結構見かけるけどね。
じゃあ中身がペラッペラで薄っぺらい作品=つまらない作品かと言うと・・・めんどくさくなった。

自分が面白いと思えれば何だっていいよ

ブリーチだって描くのにどれだけ手間かかってると思ってるんだ。

アニメ版けいおんに関してはここまでクラシックな
「音楽に興味の無かった女の子がバンドを通して音楽の楽しさを知っていく」
成長ストーリーは今時貴重だなあと思って見ていたので
「中身が無い」と言う言説が存在する事を知って驚きました。

「中身が古い」と言うのであれば苦笑しつつもそうだねと頷く所なのですが……

まぁ…何はともあれ(正否はともかく)
ここ数年で――特にネット上においての――フィクションに対する評価の表現は単一化…単純になってきているきらいがありますね。
(嫌いな物に対しては皆同じ語りで、わたしを含めて君らはオウムかと(苦笑))

つまり、自身の感想を具体的に語らず、
実に抽象的にかつ、印象と勢いに任せて語る。
(所謂、切捨て一行レス。罵倒。レッテル貼り等々)
その一つとして「中身が無い」というのがあるのでしょう。
(あれ?という事は言ってる本人の感想自体が一番、中身がないという事に…)

単語ひとつに感情込めずらい、文章で構成されるネットという世界で
手軽にかつダイレクトに感情を伝えるために成熟された一つの文化であるとわたしは解釈しています。
(類として…小中学生がやる「携帯メール」や「携帯小説」的なものがありますね)

【捕捉】

勿論、評価の方法ですから、貶す側だけでは無く
褒める側にも同じ様な事が言えると見ています。

例えば小説が文章の連なりでできているのは、その文章の連なりでしか表現できないものがあるから。
らきすたは、記号的な美少女オタクやツンデレやのほほんとしたドジっ娘美少女や博学美少女が出る。
これらの性質を持ったキャラが出てるだけで、そのキャラがこなたやかがみである必要性がない。
そのキャラでしか描けないストーリーがあると、その作品のオリジナリティや中身になるんだと思います。
その作品でしか味わえない価値が感じられない時に中身が無いという感覚を覚えるんだと。
色んな作品にタイムスリップという設定はよくあるが、そのタイムスリップという設定によって何を見せたいのか?は個々の作品によって違うし、それが中身や骨子だと感じる。
じゃあらきすたはオタ美少女の日常という設定で何を見せたかったのか?
ブログ主が言ってるのは内容であって中身では無いと思う。
「女の子たちが数人集まってお菓子やら焼肉やらの食べ方についてそれぞれの流儀やルールなどを語り合う」
という事実の羅列で何を表現したかったのかが中身じゃないかなと。
それは結局萌えというか、ぶっちゃけて言えば性癖的で感覚的なものだと。
ブサイクなオタク少女にブサイクなツンデレが出ても地獄にしかならない。
結局美少女である事にしか価値が無い。
それが中身が無いって事じゃないかなあ。

その作品を貫く何かが欠けているってことじゃねーの

「テーマ」なんていう御大層キッチリ定義出来るっぽいものを貫こうなんて考えちゃいませんよ、ていう作品なのにも関わらずそれを求めるなら
それは貫くものが何も無い、中身が無いとまで呼ばれてしまうかもしれない
「テーマ」なんてそぐわない、こっぱずかしくて、というささやかなものをきちんと貫いているかもしれないのに

そもそもが、らきすた等の日常系アニメって、中身が無いのが売りじゃないかと思います。
中身っていうのはストーリー性やメッセージ性の事を言うんでしょうが、まったりした会話を楽しみたいのに作者の主義主張をいきなりぶちまけられてもひきます。
そういう事を考えずに気軽に見れて、楽しめる、ニヤニヤできる、そこが売りなんだと思います。
つまり、的外れなんですよ、激辛カレーに「甘さが足りない」と言ってるようなもので
らきすた等のアニメに中身を求める人などいないし、中身があると思ってる人もいないでしょう。「中身が無ければダメだ」とか言う人はアニメが娯楽であることを思い出すべきでしょうね
どちらかというと、娯楽に中身を求める事の方が不自然ではあるのです。悪いことではありませんし、それをあえてやる作品はだからこそ評価を受けることが出来るのですが
娯楽として失格である条件は、楽しまれないことであり、楽しまれない作品はほっといても消えます。需要がある限りいかなる娯楽も否定することはできないということになります。否定できるとすれば、「娯楽として」以外の側面から。文学的な視点から、倫理的な視点から、社会的な視点から、など。なんにせよ、需要がある限り、「娯楽として」優れているということは残さざるを得ません。

もう一つ。
らきすた等のアニメへの「中身が無い」という評価の中身(つまりそこに込められた主義主張・メッセージ)は「娯楽には中身が無ければいけない」ということになるのですが。まぁみなまでいう必要はないでしょう。この評価の中身こそ「中身が無い」
(ちなみに、上の文の中身は「評価には中身が無ければいけない」です)

ギャグ漫画(しかも四コマ)のくせに読んで笑えないから中身が無いって言われているのでは
叩いている人は読んで笑えなかったんだろうからギャグ漫画である以上中身が無いって言われてもしょうがないような

ブログを見て初めて共感しました。僕の言いたいことを代弁してくれてありがとうと言いたいです。

中身が薄い

攻撃的だからやめろって、
共感か肯定してもらいたいだけでしょ
自分は批判意見も見るけど怒りは感じない
そういうものだと思ってるから

いやなら目を通すなって 仲間内だけで宜しく頼む

ケータイ小説に中身があるのなら、きっとこれ系
のアニメにも中身があるのでしょう

私も”中身が無い”=”メッセージ性が薄い”だと思います。
そして、そうだとするのなら『けいおん』は恐らく中身が無い作品の範疇に入るでしょう。
この作品は音楽を主軸に据えた作品ではなく、飽くまで部活動に励む女子高生の日常を描いた、所謂日常系のアニメです。
でなければ、何気ない日常を描くパートが余りに冗長過ぎますから。
らきすた等に嫌悪感を抱く視聴者にとって、この作品に対し同様に”中身が無い”と評するのも頷けます。

ただ、だからといって淘汰されるべきジャンルでもありませんけどね。
そもそもアニメは”観る”ものであって、中身が伴っていなければならないなんてことはない。
京アニは映像面だけという評価を度々耳にしますが、その”映像だけ”の作品(ここではけいおんも含む)で多くの視聴者を魅了しているのですから、娯楽作品として極めて優れているというのは、疑いようも無い事実でしょう。
ですから、「中身が無い作品は不必要」なんてことは決して有り得ない話かと。

と言っても、私はアニメに小手先の映像技法や美麗な映像なんて求めてませんので、京アニ作品群はあまり好きではありませんが(笑)

まあ、皆さんが言っているように
らきすたは、メッセージ性が無く、深い意味など無い
そういう部分が売りであり、特徴なんですよ。

だから、興味の無い人に感想を聞けば
「中身が無い」
の一言で済むし、それが最も適切な答えだと思います。

中身が無い、というのは「心を震わせるような物が無い」ということだと思います。テーマ性、と考えるとドラゴンボールとか全く無いですし(ただしその分アクションがある)。

SFやロボやファンタジーモノをよく見る人はそういう〝中身″によく触れています。つまりそういう物には多少なりとも飽きているでしょうし、また読み取るのも上手いのでしょう。(だからあまり中身が無くてもおk。新鮮な上に自分で補足とできるから)

しかしあまりそういう中身のある物を見ない人・〝中身″を求めている人達にとって、「日常系ほのぼの」というジャンルはあまりにも〝普通すぎて″つまらなく見えるのではないでしょうか。
もともとアニメも小説も漫画も〝架空=非常識″を提供するモノですから、それを求めているのにわざわざ〝日常=常識″を見せられても困る、という事です。

単純に言えば需要の違いですね。

「中身がない。」と「メッセージ性がない。」は同義じゃないでしょ。

「メッセージ性がない。」というのは悪いことじゃない。宮崎駿も作品を作るときにメッセージ性なぞ考えないと明言しているし、そもそも大衆娯楽には娯楽性があればよろしい、メッセージ性なんぞ不要、くそくらえだ。

しかし、「中身がない。」となると、その娯楽性すらないということになる。悪い意味にしか取れない。完全に悪意のある批評になる。

「おもしろくない。」や「つまらない。」といった個人の感想ならば、そこで帰結するのだが・・・、私が想像するに「中身がない。」と言いたがる人間は、自らが認めない作品に対して、「単に自らの嗜好として気に入らないのだ」ということを言うことができないのだろう。

つまり「この私が認めないからには、認められないだけの合理的な理由があるのだ」「それが『中身がない。』ということなのだ」と、そう言いたいのだと思う。

しかし、これは完全に論理が破綻している。
サイト筆者の言うとおり意味がわからない。
これではまったく合理的理由の説明をしたことにならない。

つまるところ、このようなことになるのは、発言者のつまらないプライドのせいだと思っている。
中二病の範囲だろ。

らきすたもけいおんもあるあるネタやりすぎ

興味深い話ですね。

「中身がない」で終わってしまう人は放っておけばいいんじゃないでしょうか。
全てに意味があると考えて接した方が、作品にも深く入り込めて人生楽しめると思います。
「中身がない」という人は、間違えるのが怖いんだと思いますよ。
他人の感想と違ったりしたら、嫌な気持ちになるのでしょう。中身がないで切り捨てれば深く関わらなくてもいいですからね。感想の放棄だと思っています。

名無しさん #wbvlsWA2さんの言ってる事と似たような感じですね。

記憶に残らないって事かな
ヤマ場が少ないっていうか、すぐ終わるように感じるんだろうよ

名無し三等兵さん
>その作品でしか味わえない価値が感じられない時
>に中身が無いという感覚を覚えるんだと。

同意ですね。私も中身=独自性であると考えています。
管理人さんも「箱の中」という例を挙げていますが、極端なことを言うと空気や埃が入っているはずです(言いがかりレベルですが…)。

つまり「あって当たり前」や、「どこにでもある」ものは存在として認識出来ない、もしくはする必要がないということです。そして「ステレオタイプで独自性がない」、「別の作品で見慣れている展開」、「この作品の売りが見えてこない」などと言う批判を「作品が認識出来ない=中身がない」と一言で表しているのではないかと考えています。

しかしキャラクターデザインを中身と見るか、そのキャラクターで紡がれるストーリー、世界観を中身として見るかで意見が変わってきます。その認識の齟齬が「中身がない」発言の理解を妨げ、不快感を感じる原因となるのだと思います。
確かにらきすた内では他では見られない可愛らしいキャラクターがアクションを起こしており、これは作品のオリジナリティだと思います。しかしそのアクション自体に作品独自の展開、世界観を感じることは稀である、と思われた方が「中身がない」と発言しているのではないでしょうか。

無論、格好つけて声高らかに批判する人は論外ですが。

中身があるとかないとかはどうでもいいんだ。
様は、個人個人がその作品を読んで楽しめたかってことなんだよ。
だから、「けいおん」とか「らきすた」が日常を舞台とした作品で、それを軸に話を展開していくからといって、それを「中身がない」などと言うのはお門違いだっていうのがわかんねえのか、馬鹿共が。
それを一々『中身=(人によっていろいろ)』などとぐだぐだぐだぐだ・・・。
結論、おもしろけりゃなんでもいいんだよ。
そもそもの話、俺等がどうこう言った所でこの世はなんも変わらねえんだ。啀み合ってないで、気楽にいこうや。

「中身がない」て言ってしまえば定義が人それぞれで決まってないから使いやすいっちゃそうなんだよね。
ただ逆に定義が決まってないからそれ単体では相手に説明、説得する言葉にはなりえないってことでしょ?
だから「中身がない」なんて単なる結論なだけで、中身がないの中身を発信者も受信者も見極めなきゃならんってことじゃないのかなあ?

カイジとかはあの画力で描かれても面白い
らきすたがあの画力で描かれてたら面白い?

可愛いキャラクターが適当に動いてりゃ売れる
これが現実。

ここで言われている中身とは
推理マンガでの「動機」に当たると思います。
「らきすた」での日常的な会話はトリックになります。
つまり「らきすた」とは動機のない犯人が華麗なトリックを披露して驚かせるマンガとなります。
例えば動機があったらどうでしょうか?
オタクで孤独だった少女が高校入学をきっかけに
友達を作るために努力する。なら中身があるように見えませんか?

批評家ぶりたい
これに尽きるでしょう
そもそも興味が無ければ、積極的に批判しようとなんて思わないだろうしね、好きの反対は嫌いじゃなくて無関心
おまけに批判の内容が「中身が無い」ではあまりに曖昧、批判するべき点があるから批判しているのでなく、批判したいから批判する点を無理やり引っ張り出してきたってとこなんだろうね

「~は中身がない」って言ってる人は「~は人生!」「~は文学!」って言ってそう。

まぁどんなアニメでも自分が楽しめればおk。

日常物なんだから中身がないのは当然という意見が見受けられますが、
日常物なら日常物ならではの中身というものはあります。
日常の中にあるさまざまな機微ですね。
(「機微」の意味が解らない人は辞書を引きましょう)
槍玉に挙がっている作品にはそういうのすらないのです。

だから「楽しめれば細かいことは良いじゃん」という意見もありますが
そ も そ も 楽 し く な い のです。
現実でも話をしていて「…で?」と聞きたくなる話をされた経験の
ある方も少なくないと思うのですが、アレと似た感覚です。

中身がないというのはメッセージ性がないというのもそうですが加えて「機微がない」
より広く言えば「知的部分がない」とも言えるのではないでしょうか?
これはこの2作品だけじゃなく、最近の娯楽の多くに見られますが
機微やトンチといった一瞬推理や思考がはさまる楽しみではなく、
奇行やあるある話といった単純で表面的な要素によってウケを取ろうとする傾向です。
これはネタとしてタブーというわけではないのですがやはり底が浅く、
「中身がない」「低俗」という誹りは免れない物だと思います。

こう言うと「嫌なら見なきゃ良いじゃん」という意見が返るのが最近の常ですね。
それは確かに一理はあるのですが、ただの議論の放棄であり思考停止と同義でもあります。

「中身が無い」という批評は、"何か"とくらべて言っていますし。
その"何か"を挙げてもらえないと、比べようが無いのですよ。
自分の立場と主観で「中身が無い」と言う主張は変わります。
らき☆すたのような日常を送れない、もしくは送れなかった人にとっては、十分に中身が有る内容でしょう。ヒキニトオタ、中卒、部活漬け、受験奴隷、薄給激務の様な。
一般の至極ごく平均的な人が「中身が無い」と批評するだけの話です、気づかないだけで相当に恵まれた環境で育っていますが。

本音としては、リア充体験不足のオタ向けアニメなんですから、これからもこういうアニメは増えるでしょう。

「じゃあお前の考える『中身のある』作品をいくつか提示してくれ。10秒以内に3作品くらいなら軽くいけるだろ。」
と返すと大概相手は黙る罠。

・地球を侵略しようとする地球外存在との戦いを通して、
どんな苦難に対しても持ちうる手札の全てを使って立ち向かう勇気を訴えた
勇者王ガオガイガー

・古き良き昭和の復活を目指すある秘密結社が起こした
成人誘拐事件を通して、過去に捕らわれることの愚かしさと哀しさを描いた
劇場版クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲

・クローン生物の蜂起と孤島で起きた小さな事件を軸とし、
表現手段に思春期の心理模様を絡ませることで
自己の存在意義と生き物の尊厳を問うた
劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲

・不思議なカードが巻き起こす事件とそれを負う日々の中で、
人と人との想いやりの暖かさを描いた
カードキャプターさくら

・ステージの花形を目指す少女達の日々を通して
努力することの大切さを訴え、夢に向かうことのすばらしさと困難を描いた
カレイドスター

タイピングに10秒以上かかってしまいましたが
アニメだけでもぱっと思いつくだけ挙げてもこのくらいは有ります。
3つと言わず5つ乗っけたがまだありますよ。
アニメ以外も含めればさらにありますよ。
長すぎるのでここまでにしておきますが。

> 名無しさん #2NKnmN5w

そしてこう切り返すわけよ
「どれもこれも中身のない作品ばかりだなwww」と
当然ながら俺自身は「中身のある作品」は絶対に挙げない
これを匿名もしくはハンドルネームで、反論を受け付けることなくあちこちでことある事に書き続ける
するとあたかも、多数がそう認識しているかのような空気が醸成されていく
そうすればしめた物で、雰囲気に流されて似たような主張をする者が現れ始め、
中身の善し悪しに関係無く任意の作品にレッテルを貼ることが出来る
作品を楽しむ事よりも、作品をおとしめる事を楽しんでる人間がよくやる手だね

>「どれもこれも中身のない作品ばかりだなwww」と

言うと思った。

ゲーム関係における「ゲーム性が~」と同じような
批評家振りたい人向けのマジックワードになってしまってるんだろうなーと思った。
実際の中身を見ようとしなくても気軽に使える便利な言葉って感じで。

起承転結がない、という意味で使っている人もいるでしょうけど、
只自分が面白くなかったという感情表明でしかない場合が殆どじゃないかな~。
少しでもファンがいる時点で、
中身、つまり自分が感じ取れなかった面白さがある事の証明ですのにね。
主観しか認めないというのはあまり褒められた事ではありません。

というかまず目指しているベクトルが違う
真剣なメッセージや熱いバトルだけがアニメの醍醐味だと思われちゃかなわん
女子高生のどうでもいいトークだってエンターティメントになりうるってことを
証明したのが「らき☆すた」であり「ひだまり」であり「けいおん!」だと思う
本当に起伏がなく単調だったらここまで売れてないだろ
あれで十分中身はあるし、ただボーっと眺めてるだけならそう感じるかもしれんが。

あと
>可愛いキャラクターが適当に動いてりゃ売れる
これが現実。
っていうのは大きな間違い。
クオリティが高いから売れてるんだろうが

>「とりあえず否定したら通っぽくてカッコイイ!」
萌え漫画を褒めてる俺ってカッコイイ!ってのもあるけどね。ここの管理人とか。

≫萌え漫画を褒めてる俺ってカッコイイ!ってのもあるけどね。ここの管理人とか。
他の人も大概だが押し付けがましい妄想すぎる

 

アニメ一つでこんなに熱く語るのってすげえな。
俺には到底できそうに無いわ・・

まぁ俺が言えるのはらきすたやけいおんは『なぜか』見ないって事だ。

単純に起承転結が無いだけでしょ。
小説、映画、漫画、アニメなどの物語を伝える作品に起承転結が無いと最もつまらない作品になる。
けいおん好きな人種ってかわいい女の子が動いてるの見たいだけでしょ。
三次元で言ったらグラビアやアイドルのDVDと一緒。

中身が無いに等しい

ってのを「中身が無い」って言っちゃダメなのかな?
別に、「中身が無い」って言ってる人も本当に何も無い、ゼロだと言ってるわけじゃなくて、
「薄っぺらい」とか、それをもっと強調した言葉として使ってるだけで、
そんなことで議論しようとすること自体が間違ってると思うけど。

日常のあるあるネタは、もちろん自分の日常にもあるからあるあるネタであって、それをなぞる事はとても退屈な中身の無いことなんだけど、
それが自分の日常に無い場合、憧れの対象であって、それに対しての様々な感情が当然わいてくる。

人によっては中身の無いことが、すっごく欲しいこともあるってことで、それは欲しくない人とは交わらない感情じゃないかな。

相手の気持ちになって考えようとすることが出来なきゃ、話し合うことも不可能な話題だと思います。

無いに等しい

考える必要がないアニメ

それが中身がないアニメ

部室にクーラーがついたから大喜び!
それを丸々30分やるアニメで、
少なくても中身が充実しまくってる!とは言えないだろう。

中身がまるで無いとは言わん。
しかしあまりにもスカスカな中身だ。

決まり文句みたいに繰り返し使ってたらそりゃ何にも考えてねーんだろーなって思ってしまう
すぐに「中身がない」って言葉を使ってしまうその人の考えこそ薄っぺらい

らきすたやけいおんのような、話らしい話のないノンストレスアニメばかりが増えて、…そんなアニメ業界全体にあるリアリティの無さに違和感を持っているって点ではいいんじゃないかって、思う

No title

心に残るものがない、ということでは?
激しく笑えるわけでもなく、癒されるわけでもなく、
熱く燃えるわけでもなく、ましてや感動することもなく。
キャラの見た目とゆるいノリで人気が出るも、
肝心なストーリーが視聴者になんの印象も残さない。
こういう作品を、中身がないと思うのではないでしょうか?

No title

結論としては、哲学じみた内容がないことが、作品にそれを求める人からすれば、『内容がない』、といわれがちなんだと思います。とはいえ、それが面白いかはどうかとは無関係なんですよね。例 ブリーチは哲学アリ面白味イマイチ、ダイハードは哲学なし面白味アリ、って風に。それを無理に関係があるというこじつけに、本筋を誤った批評や、の言葉が生じるのでょう。
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