【コラ】一護『それでも俺は…!』

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たまにはコラなんぞを作ってみました。
ネタ的に絵を描くほどでもないような気がしたんだ。

『中身が無い』という決まり文句

たまにはイラストじゃない記事も。

最近のアニメ評、特に『らき☆すた』や『けいおん!』などに代表される日常系のアニメに多いのが「中身が無い」という常套句。
僕はこの言葉を見るたびに「『中身が無い』ってどういうこと?」と首を傾げてしまうのです。

たとえば、30分ずーっと砂嵐やカラーバーを放映しているだけなら「中身が無い」と言われるのも頷けます。でもアニメにはそれなりにストーリーやキャラのかけあいがあるわけです。それが中身・内容だと僕は考えてるんですけど、それが「ある」のに「ない」というのは一体どういうことなんでしょうか?

『らき☆すた』を例に挙げると、アニメ『らき☆すた』の第一話Aパートっていうのは「女の子たちが数人集まってお菓子やら焼肉やらの食べ方についてそれぞれの流儀やルールなどを語り合う」といった内容なんですが、つまりこれが「中身」なわけです。
『けいおん!』も同じで、簡単に第一話のあらすじを述べると「高校に入学するまでコレといった趣味や部活動を行ってこなかった平沢唯という女の子が、何の気なしに訪れた軽音楽部で一度は入部を拒否するものの、軽音楽部メンバーが自分というたった一人の観客のために(あまり上手くはないけれど)一生懸命弾いてくれた演奏に心打たれて入部する」というものです。コレ、れっきとした中身およびストーリーだと思うんですが、それを見て「中身が無い」と判断する感覚がどうも分からないのです。
仮に「つまらない」というんだったら分かります。共感できるかどうかはともかく、理解はできます。「つまらない」んだったらしょうがないです。それは個々の感覚ですから。でも「中身が無い」というのは理解すら困難。
中身、あるじゃん!放映中ずっと寝てたのか?と言いたくなります。

んで、これは予想なんですが、たぶん「中身が無い」という決まり文句を使いたがる人たちはきっと「起承転結が無い」とか「展開に起伏が無い」ということを言いたいんじゃないかなあ、ってことです。
先ほど例で挙げた『らき☆すた』のAパート、起承転結や展開の起伏ということならば確かに「乏しい」と言わざるを得ません。日常のワンシーンを切り取った一部分を眺めてるだけですからね。女の子たちがまったりとくっちゃべってるのを見せられたら、そりゃまあ「単調」と感じるのも理解できます(いちおう言っておくと、『らき☆すた』は全編通してダラダラしゃべってるだけのアニメではないです。念のため)。
でも、「展開が単調」なことと「中身が無い」ことは決してイコールではないんですよ。誰かからプレゼントをもらったとして、「箱の中にあった物が自分には気に入らなかった」っていうのと「箱の中には何も入っていなかった」っていうのとはまるで別問題じゃないですか。そこらへん、正しく使い分けたほうがいいと僕は考えるわけです。

もうひとつ困ったことに、最近って「とりあえず否定したら通っぽくてカッコイイ!」みたいな風潮があるんですよね。んで、否定しやすい材料として「まったり日常系アニメ」というのがあって、それらに共通して使える"曖昧にして抽象的なのに批評家っぽく聞こえる常套句"が『中身が無い』という決まり文句なのでしょう。
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